大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和55年(行ツ)139号 判決 1981年2月24日

上告人 大和中央製薬株式会社

右代表者 和田美巳

右訴訟代理人 山根宏

被上告人 救心製薬株式会社

右代表者 堀泰助

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山根宏の上告理由について

商標法五一条一項の規定に基づき商標登録を取り消すには、商標権者が指定商品について登録商標に類似する商標を使用し又は指定商品に類似する商品について登録商標若しくはこれに類似する商標を使用するにあたり、右使用の結果商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生じさせることを認識していたことをもつて足り、所論のように必ずしも他人の登録商標又は周知商標に近似させたいとの意図をもつてこれを使用していたことまでを必要としないと解するのが相当であるから、これと同趣旨の原審の判断は、正当であつて、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

上告代理人山根宏の上告理由

一、商標法第五一条第一項の「故意」の内容は「登録商標に類似する商標の使用によつて品質の誤認または出所の混同を生ずるものと認識する」ことで足りるものではなく、「商標権者が他人の登録商標または周知商標に近似させたいとの意図で以つて自己の登録商標と類似範囲に使用した」ことが必要であると解すべきであり、原判決は商標法第五一条第一項の解釈を誤つた違法がある。

即ち、原判決理由第二項第三号において原判決は故意について、「引用商標は各使用商標の使用開始以前において、すでに周知著名となつていたこと、上告人代表者和田美巳尋問の結果によれば、上告人と被上告人とは医薬品製造販売に関して同業者であり、上告人は、各使用商標の開始当時、引用商標の存在を知悉していたと認められること、以上の各事実に徴すれば、上告人に、各使用商標の使用にあたり被上告人の業務にかかる商品「心臓薬」と混同を生ずることについての認識があつたと認めるのが相当である。」と判示し、商標法第五一条第一項の「故意」の内容は単に品質の誤認又は出所の混同を生ずることについての認識のみで足りるとする。

しかし、商標が単一か又は同一であるかの判断は単に物理的に判断されるべきものではなく、その商標の表示態様、物理的な大きさ、位置並びに商品との関係における取引社会の経験則を基礎として判断されるべきものである。そして商標法第二五条の規定の趣旨は登録商標の同一の範囲については登録商標の使用権があるということである。

右のごとく解するならば同法第二五条により登録商標と社会通念上同一の範囲に使用するかぎり使用権が存するのであるが、これが、登録商標の類似の範囲と合致するならば、不正使用の取消審判の請求を受けた場合、登録商標と社会通念上の同一の範囲すなわち類似の範囲に使用して他人の登録商標または周知商標と抵触したところでそれは同法第二五条の使用権の範囲でもある以上不正使用にはならない。従つて同法第五一条第一項の故意は、商標権者が他人の登録商標又は周知商標に近づけようとする意図又は他人の登録商標又は周知商標を模倣しようとする意図までを有することが必要と解されなければならない。

さらに同法第五一条の規定の趣旨が商標の不正な使用によつて一般需要者の利益が害されることを防ぎ、かつ、そのような場合に商標権者に制裁を課す趣旨であることからして、商標権者に何ら出所の混同、品質の誤認について積極的な意図のない場合にまで本条を適用する必要がない。

ところが、原判決はその理由中においても、上告人が、各使用商標の使用開始当時、引用商標の存在を知悉し又、各使用商標の使用にあたり被上告人の業務に係る「心臓薬」と混同を生ずることについて認識があつたこと等のみを認定し、上告人において各使用商標使用時に被上告人の使用する引用商標に似せようとする意図の存否については全く判断していない。

右は原判決が、商標法第五一条の解釈を誤まり、不当に上告人の請求を棄却したものであり、ひいては上告人の商標権を不当に消滅させることとなりこれは憲法第二九条によつて保障された財産権を不当に奪うことであり右憲法第二九条第一項に違反するものである。

よつて、原判決はその破毀を免れないものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例